2016年3月30日水曜日

twitter 『ハムレット』とは何か.より.



ハムレット Hamlet 飜譯本文:
Scene 1 Scene 2 Scene 3 Scene 4 Scene 5 
Scene 6 Scene 7 Scene 8 Scene 9 Scene 10 Scene 11 
Scene 12 Scene 13 Scene 14 Scene 15 Scene 16 Scene 17 Scene 18 
Scene 19 Scene 20

『マクベス(下書き)』は,こちら
                              

 さてまあ,寄り道の tweet に耽り,標題の Hamlet がご無沙汰で,些と此れからは本筋を,囀らう.

Hamlet なる御芝居は,實の處,極く常識に適ふ筋立てゞ出來てゐる.世に溢れ反る難解な解釋は,單に學者達の,『讀み落し』を發端とする.

では何を『讀み落し』たのか.

結論を言ふと,最終場での Gertrude とHamlet の遣取りの『意味』を讀み落としたのだ.

 Quee. The Queene carowses to thy fortune Hamlet.
 Ham.  Good Madam.

この臺詞は最終場,Gert.がHam.に向け杯を飲み干す折の遣り取りである.この際のGert.による祝福が,どれ程重要な意味を持つかを,學者たちは悉く,讀み落して來た.結果,デンマーク王國の女王であるGert.を,恰も單に輕率な女とのみ看做し,延いては芝居を誤解したのだ.

ところで,今こゝに言ふ『學者』とは,唯に日本の『學者』に限らない.Shakespeare(以降,字數節約の爲「沙翁」とする) 劇の『本場』と言はれる英國を始めとし,世界の評家が誤つたのだ.ならば彼等に學んだ日本の學者や飜譯家達が誤たぬ筈も無く,その上演も同樣の有樣である.

今日『ハムレット』は,かうした『環境』に置かれ,觀客に供されてゐる.この爲,『鑑賞』をする以前に,理解し難い物となつてをり,眞正の悲劇としては,殆んど何らの感興も,催させることは無い.たゞ人〻は,『沙翁の最高傑作』だの『名作』だのとの謳ひ文句に踊らされてゐる.情け無い事に.

だが然し,忘れてならぬ事がある.この作品は初演されたエリザベス朝時代以降大變な評判を呼び,繰返し上演された.もし今日の樣な『解釋』(…らしき代物なのだが,それは措き)で上演されてゐたとするなら,當時の觀客の鑑賞眼は,賴りにならぬ程度であつたと言はなければならぬ.果してさうか.

今「エリザベス朝時代以降…繰返し上演」と書いたが,この表現には大きな『問題』がある.實はまつたく上演されなかつた時期があるからだ.まつたくである.これは唯『ハムレット』だけに止まらず,何と沙翁のすべて戲曲が舞臺から,姿を消した.

いやそれどころか,舞臺そのものが英國から消えた.つまり沙翁の作に限らず,芝居といふものが英國の地から消えたのだ.1642年9月2日,娯樂を敵視した『敬虔』なる淸敎徒革命政府は英國のすべての劇場の閉鎖を命じ,演劇の上演を禁止,更には劇場建物も解體された.隆盛を誇つた所謂エリザベス朝演劇は,この時まさに『絶滅』したのである.

その後,革命政府は分裂分解し,1640年に『王政復古』の時代となる.それまでチャールズ2世と共に佛國に逃れてゐた劇作家達も歸國,芝居の禁止も解かれ劇場も新たに建てられ,再び盛んに芝居の上演される時代が訪れた.が,一度『絶滅』した『エリザベス朝演劇』が,かつての姿で復活する事はなかつた.

さう,まさに「…かつての姿で」は.つまり上演されはしたのだが,舞臺の樣子は 似ても似つかぬ『復活』であつた.と言ふのも當時,歸國した劇作家などの演劇人は,その頃佛國を初め大陸ヨーロッパで隆盛であつた上演形式を最上最新のものとして,その『枠組み』での舞臺作りをしたからである.

その典型が,今日までも大方の舞臺樣式の主流である『額縁舞臺』の導入だ.舞臺前面を proscenium arch と呼ばれる『額縁』で圍ひ,場面ごとに幕を下し情景を飾る.室内の場面なら壁で圍ひ家具を置き,屋外の場面では,遠景を背後に木〻を配する『寫實』を旨とした上演方法だ.

さうした『趣味』の導入が可能となつたのは,額縁舞臺芝居は精〻,數幕の場面轉換で濟んだからだ.ところがである,沙翁劇の場面數は,たとへば『ハムレット』も20場ある.これを一〻飾り直したのだから堪らない.舞臺裏は右往左往.その結果,到底上演には適さぬとの議論が持ち上がつたと言ふ.

揚げ句沙翁の作品は,かつて英國演劇が『未熟』であつた時代に作られた爲,樣〻な不都合が生じるのだ,いや,抑〻上演の爲の作などでは無く,臺詞の遣取りといふ形式を用ゐてはゐるが,觀客の爲にでは無く讀者の爲に書かれたものであつて,板に載せる意圖など元より無かつたといふ説まで現れる.

如何であらう,これを傳統の『絶滅』と言はずして,何と呼べば好いのであらうか.淸教徒革命による破壞を經て,彼等の手許に殘つてゐたのは,自らは物言はぬ,印刷物としてだけの芝居であつたのだ.つまり上演の實際は,殆んど何一つ,後世の英國に傳へられること無く,既に途絶えてゐたのである.

今ひとつ,さうした例を紹介して置かう.沙翁の作の多くが初演され,自身も役者として樣〻な舞臺を勤めた劇場 The Globe に關してだが,今日でこそ,それが圓形の建物であつた事を,多少とも沙翁の作の解説を讀まれた方なら承知であらうが,それすら『王政復古』後には,全く忘れ去られてゐた.(續く…)







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